根岸鎮衛『耳袋』巻の九「市ヶ谷宗泰院寺内奇説の事」より

噂の眞相・其ノ壱「噂」

 市ヶ谷大日坂上に、宗泰院という寺がある。
 寺の檀家の町人に、美人と評判の娘がいた。その娘が、文化六年の夏、ふと病みついて亡くなったのである。

 なきがらは宗泰院に送られ、寺の湯潅場で湯潅したが、そのときの死人の裸を、近くの武家の家来だとかいう男がのぞき見た。
 以前から娘に恋慕していたこともあってか、男は夜分に墓を掘り返して死骸をもてあそび、夜が明けかけると寺の縁下に投げ入れておいた。
 これを僧が墓まわりをしていて発見し、『えらいことだ、施主に聞こえては大変』と、早々に下男に申しつけて葬り直したという。

 このごろもっぱらの評判だが、一説には、その後、施主と住職との間で話がややこしくなり、奉行所に申し立てるのなんのともめたあげく、金五十両で示談になったとも噂されている。
あやしい古典文学 No.81