『古今著聞集』巻第十六「無沙汰の智了房の事」より

もってのほかの智了房

 智了房という僧がいた。
 万事だらしのない男なので、無沙汰(ぶさた)の智了房と呼ばれていたが、ひとつ取り柄があって、いたって能筆であった。

 ある人が古今集の写本を作りたいと思って、智了房に依頼した。智了房は引き受けたものの、いっこうに書こうとしない。
 依頼主はしびれを切らして、
「まだ書いてないのなら、もういいから、返してくれ」
と言ってきた。
 智了房が答えて言うことには、
「先だってのころ下痢が続いて、尻を拭く紙が不足しましてな。やむをえず、写本にするための料紙をみな使ってしまいました」
 依頼主は呆れたが、仕方がないので、
「料紙は尻を拭いてしまったかもしれないが、元の本があるだろう。本を返してくれ」
と言うと、
「いやあ、そのことですよ。なにしろ味噌雑炊みたいな下痢便がひきもきらず、とうとう本も全部、尻拭き紙にしてしまいました。どうしましょうか」
と答えたのであった。

 どうしましょうと言われても、どうしようもなく、依頼主は諦めた。
 智了房は、無沙汰の異名がついているけれども、それ以上に、もってのほかのふるまいをする男なのであった。
あやしい古典文学 No.93