伴蒿蹊『閑田耕筆』巻之三より

スッポン食うべからず

 ある病人が、鼈(スッポン)を薬として食うようにと医者に勧められた。そこで鼈を手に入れたものの、殺すにしのびず、そのことを告げて放してやったところ、やがて病気が治ったという。
 同類の話はたくさんあるが、これは私の知人が、大阪で交際した人から本人の体験として聞いた話である。病気は痔疾だったらしい。

 そもそも鼈は執念深い生き物で、時として怪をなすと聞く。
 京都の者が三人、鼈を食おうと話がまとまって、それを売る家へ行った。
 ところが門を入るやいなや、一人がにわかに声をあげた。
「お、おれは食わんぞ」
 他の二人もまた、ただちに応じた。
「そうだな。やめとこう」
 連れ立って外へ出て、帰る道々、
「さっきは、なんで急に気が変わったのだ」
と尋ねると、その男は身震いしながら答えた。
「おれが家に入ったら、でっかいスッポンが炬燵(こたつ)で寝ていた。あれっ、と思ってよく見たら亭主だ。ぞっとしてなあ……」
 二人も頷いた。
「そうよ。我々も同じだ。おまえが食わんと言い出したから、うれしくてすぐ同意したんだ」
 こんなことを語り合い、その後はずっと鼈を食わないそうだ。
 これも本当の話である。
あやしい古典文学 No.700