『本朝故事因縁集』巻之四「僧焼衣掛水為雷」より

かみなり僧侶

 天文年間の初めごろ、長門ノ国の桂木山に一人の僧がいた。
 僧があるとき、法話の集まりに列席していると、どうしたわけか衣の袖から火が出て燃え上がった。
 末席の者らが驚いて立ち騒ぎ、水を掛けたとたん、僧は雷電となって光を放ち、虚空を翔けて雲に乗ると、ゴロピカドンと鳴動した。
 これは、天の雷が人に化していたのが、水を得て本性に戻ったものであろうか。

 伝え聞くところによれば、昔、伯耆ノ国の大山の麓に僧がいた。他人と親しく交わらず、しかし得体の知れない威厳があって尊敬されていた。
 あるとき、高僧がその地を訪れて、
「おまえは人間ではないな。いったい何者か。」
と尋ねると、僧は、
「いかにも。我は当地に棲む竜である。」
と言う。
「竜だと。今年は大変な日照りで、天下万民苦しんでおる。竜ならば、その力で早く雨を降らせよ。」
「うむ。降らさぬでもない。我は種水を得れば、霊験を示すであろう。」
 高僧はとっさに手元の硯を取って、さっと墨水をふりかけた。
 僧はたちまち竜の姿を現して空高く飛び上がり、雷となって雨を降らした。その雨は墨水で、草木はみな黒く染まったという。
あやしい古典文学 No.830