『聖城怪談録』下「古川孫右衛門いろいろ怪異にあふ事」より

道々の怪異

 古川孫右衛門は、勇敢で強気の人であった。
 ある夜十時ごろ、用事があって月津村へ出かけたが、途中、八日市というところの石橋に行きかかると、道の真ん中に死人を入れる甕(かめ)があった。
「これはきっと、怪しいやつがわしを嬲ろうとするのだ」
 孫右衛門は甕を片づけて行き過ぎた。
 やがて動橋村を通り抜けて、七まがりという場所にかかると、松の枝から何やらぶら下がっていた。見れば、冬瓜のかたちに目鼻がついたものだった。
 これも恐れず行き過ぎ、月津村へ着いて用事を片づけ、帰路に就いた。

 何事もなく敷地村の近くの地蔵のところまで来て、煙草を呑みながら一休みした。
 そこへ敷地村の方から、度はずれて大きな男が来た。
「煙草の火をかしてくれ」
と声をかけて、男は煙管を取り出したが、その煙管の皿が並外れて大きい。孫右衛門は『また出たか』と思って見ていた。
 すると、男が尋ねた。
「おぬしは、どこへ行くのだ」
「わしは月津村へ行って、帰るところだ」
「月津までの道で、なんぞ怪しいことはなかったか」
「いや、何も変わったことはなかった」
「嘘をつくな。こんなものが出たはずだ」
 男はたちまち、往路で見た冬瓜に目鼻のものと化した。
 しかし孫右衛門は驚かず、化け物を冷ややかに無視して家に帰った。
あやしい古典文学 No.975