浅井了意『新語園』巻之八「袁双惑虎婦 五行記」より

トラ妻

 中国 東晋の孝武帝の時代に、袁双という者がいた。家は貧しく、他人の家の田を小作して暮らしていた。
 ある日暮れ、家へ帰る道の途中で、袁双は齢十五、六の女に出逢った。なかなかいい女だったから、その場で言い寄って妻とし、家に連れ帰った。
 五、六年いっしょに暮らすうち、家はしだいに豊かになって、二人の子供も生まれた。上の子が十歳になったころには、富み栄えて何一つ不足がないほどだった。

 そのころ、同じ村で死んだ者があって、葬儀を行い墓に埋めた。
 夜、袁双の妻はこっそり家を出て墓所へ行った。衣を脱ぎ、かんざしをはずして木の枝に掛けると、たちまち変じて虎となった。
 虎は墓を掘り崩し、屍骸を引きずり出して貪り食った。飽食するとまた人の姿に戻り、家へ帰っていったが、それを人に見られていた。
 その人は、一部始終をひそかに袁双に告げた。
「あなたの妻は人ではない。わが目で見たから確かだ。このままでは、あなたはきっと害に遭うだろう」
 しかし袁双には、真実の話とは思われなかった。

 やがて、村にまた死人があった。
 これを葬ると、また袁双の妻は墓へ行って、屍骸を食った。ひそかに尾行した袁双はすべてを目撃して、恐ろしさに震え上がった。
 以来、夫が寄りつかなくなったので、妻も正体がばれたことに気づき、家から出奔した。
 県境を越えた地で墓地を見つけると、虎になった。もはや人に戻ることなく、ひたすら墓を暴いて死人を食った。
あやしい古典文学 No.1135