浅井了意『新語園』巻之八「呉道宗カ母虎ト作ル」より

黒斑の虎

 中国、晋の安帝の時代、東陽郡の太末県に、呉道宗という者がいた。道宗は父を失い、母と暮らして、まだ妻を迎えていなかった。

 道宗が所用で出かけて、母ひとり留守居していた日のこと。
 隣人が、道宗の家が騒がしく鳴動するのを不審に思って、そっと中を覗くと、母の姿は見えず、大きな黒斑の虎が一頭うろついていた。
 隣人は、道宗の母が虎に食われることを恐れた。太鼓を鳴らして村人を呼び集め、家を取り囲んでから、戸を開けて一斉に踏み込んだ。しかし、中に虎はおらず、母が一人でいた。
 居たはずの虎のことをいろいろと尋ねても、
「眠っていて、何も知らない」
と言うばかり。その様子は、普段と少しも変わらない。集まった人々は、なにがなんだかわけが分からないまま散っていった。
 道宗が帰宅すると、母は息子に語りかけた。
「前世の罪業の報いで、わたしは変化の身になったらしい。このうえは、おまえと生き別れるしかない。どうしようもないのだよ」
 泣きながら言うのだが、道宗に理解できることではなかった。

 それから一月ばかりして突然、道宗の母が行方不明になった。
 太末県の境で黒斑の虎が暴れて人を食うようになったのは、その日からだった。
 百姓たちは恐れ憂えた。これを退治しようとして数十人が傷つき、中には半死半生の重傷者もあった。
 しかしついに虎は、弓の名手によって射られ、胸を深く矢に抉られた。
 虎は瀕死の体をひきずって家に帰り、人の形に復することができないまま、床に倒れて息絶えた。
 道宗は号泣して、人の葬儀のやり方で、虎を葬った。
あやしい古典文学 No.1222