藤岡屋由蔵『藤岡屋日記』第八十二より

井戸が噴火

御届

 深川永代寺門前町、質両替・薬種商の正十郎宅では、毎月三日に掃除をする習わしがあり、今月三日には、宅内の台所にある車井戸をさらえて、掃除いたしました。
 翌日夜明け前の四時ごろ、激しく水の湧く音がするので、召使の甚助・徳兵衛・利吉の三人が井戸を見に行きました。
 ぶら提灯を井戸の内に差し入れて、皆で水の湧くのを見ていたところ、にわかに井戸が噴火して、釣瓶をかけた滑車のところまで炎が立ちのぼりました。
 三人とも手の先と顔面が焼けただれましたが、提灯は燃え上がって黒くなりながらも燃え落ちず、周囲に炎が燃え移った形跡も見当たりません。水中の火気すべてが一時に発したものか、たちまち火力は衰えたようです。
 そのあとまた青い火がちらちら燃え、強い硫黄の臭いが立ち込めました。最初の噴火で井戸底の砂が吹きあがり、四日は終日水が白濁していたとのことです。
 そのほかには変わったことはありません。調べの委細、申し上げました。以上。

文久元年四月六日
  町名主 伊右衛門
あやしい古典文学 No.1523