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木室卯雲『奇異珍事録』二巻「幽霊」より |
幽霊千人 |
小普請方勤役のうちに、手代組頭の山下幸八郎という者がいた。まだ老年というのではなかったが、両足がいささか不自由で勤めに差し支え、いつも苦労していた。 上州草津へ二度湯治に行っても効果がなく、今度は伊豆の熱海で湯治したいと思った。三度目だからどうかと心配したが、「病気のことだから差し支えない」と許しが出て、湯治に出かけた。 やがて帰ってきた幸八郎が、道中のことを語った。 「さして珍事もなかったが、変わった話を箱根で聞いた。今年七月十六日の午後二時ごろ、幡(はた)・天蓋をかざした千人ばかりの幽霊が、二子山を通ったというのだ。峠の者は皆それを見たと、駕籠かきが言っていた」と。 そののち何年かして、筆者は京都に上る御用があって、途中の箱根で、たいそう物覚えのよい人足に出会った。その者は、筆者がニ十二年前か十四年前かに箱根を通ったとき、供をしたことを詳細に覚えていた。 それならば、と思って、 「あそこの二子山で、昼間に幽霊がたくさん出たことがあると聞いた。本当のところを覚えているか」 と尋ねた。 「あの年は地震があって、往来の道が途絶え、ほかの道が通じ、湖水が乾くなど色々の怪事がありました。七月十六日昼の二時ごろ、たしかに大人数の幽霊が二子山を通りましたよ」 その者の言ったことは、山下幸八郎の語ったのと寸分違わなかった。 幽霊は夜に出るものだし、二人いっしょに出たということも聞かない。 ところが、この話はそうではない。真っ昼間、およそ千人が一度にというのはあまりに珍しいから、ここに記しておく。 |
あやしい古典文学 No.1604 |
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