加藤曳尾庵『我衣』巻六より

藁人形

 文化七年四月二十三日の朝早く、神田鍛冶町と小柳町との境で、犬が二匹、身を寄せ合うようにして臭いをかぎ、土を掘っていた。
 酒屋の小僧がそれを後ろから眺めていたが、やがて紐のようなものが見えたので、近寄って紐の端を引っ張ると、長さ一尺ばかりの白い箱が出てきた。
 通行人も立ち止まって「これはいったい何だろう」と言い合っているうち、だんだん町内の人々が集まってきた。
 「とにもかくにも蓋を開けて…」と中を見ると、八寸ばかりの藁人形に蛇を一匹巻きつけ、蛇の背中から人形の腹にかけて、大きな針で貫き通してあった。
 見る者みな身の毛がよだち、「これは執念深い女が人を呪ったものに違いない」口々に騒いだ。
 捨て置くことができず、名主に訴え出たが、「そのまま捨ててしまえ」とのこと。
 蛇はまだ死んでおらず、針を抜いたら、湯屋の石垣の中へ這い込んで見えなくなった。藁人形は川へ流した。

 こういう怪しい出来事は、芝居の筋書や昔物語にこそ出てくるが、まのあたりにすることは、まずない。
 いまさらながら、人の心の恐ろしさが思いやられる。
あやしい古典文学 No.1615