宮負貞雄『奇談雑史』巻四「登戸の浜孫兵衛が事」「博打打金蔵が事」より

疫神を引く

       (一)

 下総国千葉郡の登戸の浜に、馬方の孫兵衛という男がいた。ある日、孫兵衛は馬を曳いての駄賃稼ぎを終え、家への帰り道、埴谷の原という所を通った。
 ふと道の傍らを見ると、幣帛の前に銭五百文が並べてある。これは「疫神を引く」というまじないで、村里に疫病をもたらした神を供物で釣って村外に誘導したのだ。
 孫兵衛はつくづく見て、やがて姿の見えない疫神に語りかけた。
「わしは登戸の馬方で、孫兵衛という貧乏人です。疫神どの、こんな野っ原に捨て置かれて、さぞお困りであろう。今晩はわが家を宿にお貸しいたす。見苦しい所ではありますが、わが家に行ってお泊まりなされ。この馬に乗せてお連れしよう。それでよければ、この五百文の銭は、駄賃と宿代として頂きます」
 そうして銭を取り、幣帛を馬に乗せて、日暮れにわが家に着いた。
「今日、道でお客を見つけ、お連れした。今夜お宿を貸すから、せいぜいおもてなししよう」
と女房に言うと、土間に臼を伏せ、その上に荒薦を敷いて幣帛を飾り、酒を供え、飯を供えて祀った。
 夜が明けると幣帛に供物を添えて持ち、浜辺に出て、
「疫神どの、これより何処の国へなりとおいでくだされ」
と告げて波の上に流し、送り出した。

 その後、幣帛は風まかせで流れゆき、東海道神奈川宿の海岸に着いた。
 神奈川あたりではたちまち疫病が流行り、家ごとに人々が患い苦しみ、病人たちはみな、
「登戸の孫兵衛が恋しい、恋しい」
と疫神の言葉を口走った。
 人々は相談して、下総登戸に使いを出し、孫兵衛に来てくれるよう頼んだ。事情が事情だから孫兵衛もむげに断れず、使いの人とともに神奈川宿へ赴き、病人に対面して、
「おまえさん、具合はどうですか」
と声をかけると、あら不思議、病人はたちまち全快した。ほかの大勢の病人も、同じように声をかけられてことごとく全快した。

 このことはやがて江戸に聞こえ、怪しいやつだというので江戸から召し捕りの役人が来た。
 孫兵衛は縄をかけられたが、吟味において嘘偽りなくいきさつを申し上げた。その結果、咎めるべきところがなかったので釈放され、登戸に帰った。

       (二)

 金蔵という博打打ちがいた。
 あるとき博打に負けて一文無しとなり、野道をとぼとぼ歩いていると、疫神を引いたとみえて、幣帛を立て、酒・肴・餅など供え、銭六百文を置き並べてあった。
 無一文の金蔵は、その場に立ち止まり、
「おれは博打打ち金蔵という者だ。疫神どの、ここで一勝負しようではないか」
と、懐中からサイコロを取り出した。
 サイコロの目の「六」を上にして筒に入れ、中で転がらないように気をつけながら筒を押し伏せて、
「勝負!」
と言いながら筒を開ければ、当然のことながら「六」が出た。
「おれの勝ちだ。こいつはいただくぜ」
 金蔵は銭六百文を取って、供え物の酒・肴・餅を飲み食いし、さらにイカサマ博打を続けて、ついに疫神に対して金十両の貸しとなった。
 そこで金蔵が言うことには、
「おまえさん、こんな路頭に捨てられていては、人の見る目も恥ずかしかろう。ここを立ち去るがいい。平田村の六蔵方へ案内してやる。強欲な金持ちだから、あいつの家に居座って金十両を工面し、おれに返してくれ。さあ行こう」
 金蔵は幣帛を持ち、平田村六蔵の門口に捨てて逃げ帰った。

 六蔵方では夫婦そろって疫病にかかり、はなはだ悩み苦しんで疫神の言葉を口走った。
「どこそこ村の金蔵に、博打の借金が十両ある。どうか返してやってくれ。さもないと病人の命はないぞ」
 六蔵の家族の頼みで、金蔵はその家へ行き、病人に向かって言った。
「あの十両は進上する。返さなくていい。だから早くここを立ち去れ」
 しかし疫神はきかない。
「それでは気が済まない。金十両はぜひとも返さねばならぬ。返すまではこの家を立ち去らない」
 六蔵の家族が金十両を金蔵に渡すと、
「それでよい。借りた金子を返したからには、さっそくこの家を立ち退こう。何処の国へなりと送ってくれ」
 そこで金蔵が、かの幣帛を持ってその家を出ると、病人はたちまち全快した。

 金蔵は幣帛を、三川村の長吉という強欲で邪悪な者の門口に密かに捨て置いた。
 長吉方では皆々疫病にかかって倒れ、疫神の言葉を口走った。
「どこそこ村の金蔵を呼んできてくれ。あの者に頼みたいことがある」
 そこで金蔵に頼んで来てもらうと、病人はただちに回復した。
 しかし、金蔵のこうした所業は、そのあたりで疫病除けの祈祷をする修験者らの憤りを買った。
「われらの職分の妨害だ。捨ておけない」
などと厳しく難癖をつけられたので、金蔵はその後、疫神を持ち歩くことをやめた。
あやしい古典文学 No.1989