宮負貞雄『奇談雑史』巻八「人を殺して禄を得たる士の事」より

親孝行侍

 安政四年の春のころ、江戸浅草猿若町の芝居で、大阪から来た歌舞伎役者の中村市蔵という者が、天竺徳兵衛という悪役を演じた。
 歌舞伎の天竺徳兵衛は妖術使いの謀反人で、謀反を止めようとする母親を刺し殺すのだが、市蔵の演技が真に迫っていかにも悪辣だったので、大評判を取った。

 ある大名の家来の侍にたいそう親孝行な人がいて、芝居見物に行き、天竺徳兵衛の親不孝ぶりを見て逆上した。徳兵衛が憎くて憎くてならず、預けてあった刀を取り寄せ、舞台に跳び上がると、役者の市蔵に斬りかかった。
 侍を取り鎮めようと駆け寄った舞台番の者たち三人が斬り殺された。市蔵は衣装を斬られただけで、怪我はなかった。

 この事件は結局、侍側から八十両を支払って内済となった。
 その後、主人の大名に聞こえ、
「孝心のほど、あっぱれである。武士の鑑というべきだ」
と、侍は録五百石の加増となったという。
 斬り殺された三人は、不孝者だったのかもしれないし、そうでなくても何かの罪があって、天罰を被ったのにちがいない。知らんけど。
あやしい古典文学 No.1990