宮負貞雄『奇談雑史』巻四「松浦佐与姫の事」より

石の佐与姫

 むかし、筑紫の国に大伴狭手彦(おおとものさでひこ)という人がいて、 勅命によって遣唐使となり、唐の国へ遣わされた。
 狭手彦の妻の松浦佐与姫(まつらさよひめ)は、夫を恋い慕い、別れを悲しみ、高い丘に登って夫の乗った船の帆影が見えなくなるまで見送って、泣きに泣いてついに泣き死にした。
 佐与姫の死骸はそのまま石になった。
 里人は石を神として祀ったのだが、その頃、あたりの海を大船が通ると、帆影を夫の乗った船と思って呼び返す声が聞こえて、するとたちまち船が転覆し、大勢の船人が死んだ。
 これは危ないということで、石の神体を山の麓に下ろし、沖を行く船が見えない場所に祀ることにした。以来、怪しい海難は起こらなくなったという。

 佐与姫の石は、年々じわじわと大きくなって、今では大きな牛ほどもある。
 なぜか巨大化したけれども、衣装の模様などすべて昔のままの鮮やかな美しさを残し、形は、顔に袖を当てて泣いているまことの婦人のようであるらしい。
あやしい古典文学 No.1991