青木鷺水『御伽百物語』巻之一「灯火の女」より

ともし火の女

 甲州青柳というところに、小春友三郎という者がいた。
 先祖は太田道灌の家来で、小春兵助と名乗る武士であったが、主人道灌は文明十八年に上杉定正のために殺害された。そのとき重患で引き籠っていた兵助は、騒動の知らせに病を忘れて、鎧兜に身を固め、馬上に手槍をかざして上杉館に駆けつけたものの、時すでに遅かった。落胆のあまり病勢にわかに進んだ兵助は、もはやこれまでと、痛苦の中で腰刀を抜き、鎧の上帯を切り開いて、腹一文字に掻き切り自害した。
 兵助の子の兵吉は、そのときいまだ三歳。乳母がふところにかき抱き、わずかな類縁を頼りに青柳に落ち延びて、深く隠して育て上げた。
 世が移り、同地に住み着いた兵吉の子孫は地侍の一人となった。今の友三郎の代には百石ばかりの田畑を支配し、まずまず裕福な暮らしだった。
 友三郎の妻は同国府中から迎えた者で、夫婦の間に女子一人をもうけ、その子もすでに十歳になっていた。

 あるとき、妻は胸が痛いと訴えて倒れ、医療灸治などさまざまに手を尽くしても癒える気配がないまま、半月に及ぼうとした。
 友三郎は、昼夜妻の枕もとを離れず看病した。その疲れでしばしまどろんだとき、にわかに灯火が明るくなった。気づいて目を開き、見上げると、傍らにともした行灯の火の揺らめきから、背たけ三尺ほどの影のような女がふっと湧き出て、友三郎に向かって言った。
「おまえの妻の病は、わずかな怠慢の罪のせいで魔が魅入ったものだ。すみやかに病を払ってやるから、我を神として祀れ」
 友三郎はいたって肝の据わった男だったから、女を恐れることなく、手元にあった九寸五分の短刀を引き寄せて身構え、はったと睨んで威嚇した。
 女はけらけらと笑った。
「我の言うことを用いず、かえって憎むとみえる。よしよし、ならばおまえの妻の命を奪うまでだ」
 さっと女の姿がかき消え、と同時に妻の病状は急に切迫した。今にも息絶えそうな苦悶を見るに堪えず、友三郎はにわかに改心して、ひたすら詫びて祈った。すると妻の病は、まるで悪夢から醒めたかのようにたちまち平癒した。
 そのとき灯火の女がまたもや現れ、友三郎に言いかけた。
「さて、このたびの難から救ってやったかわりに、ひとつ頼みがある。我が一人娘のために、よい婿を選んでもらいたい」
「鬼神の天地と人の住む世界とでは、雲泥の違いがある。鬼のために婿を選ぶ手だてなど、知るはずないではないか」
「いやいや、婿を選ぶのはたやすいことだ。桐の木でもって男の形を刻むがよい。我はその男を連れていくことにしよう」
 言われたとおりに友三郎が人形を用意すると、その夜のうちに持ち去られていた。

 翌日の夜、妖女はまた来て、
「このたびよい婿を得たのも、ひとえに貴殿のおかげだ。近いうちに貴殿夫婦を呼び迎え、礼の一席をもうけたい。けっして辞退せぬように」
などと言った。
 友三郎は、心の底で女を深く憎んだが、どうしようもないまま日を過ごしていると、ある夜、突然に女が現れ、
「さあ、かねて申したごとく、今宵はわが屋敷に迎えてもてなそう」
と言う。
 いつの間にか門内に、立派な駕籠が二挺、腰元・介添え・下男下女の供回りがおびただしく待ち構えていた。さあさあどうぞと口々に勧められ、友三郎夫婦は怪しみつつ、不承不承乗り込んだ。
 供回りの者たちに取り囲まれて、駕籠はたちまち大門を出た。その夜は空がどんよりと曇んて星の影さえ見えず、行く手は墨を流したような暗黒で、恐ろしいばかりだったが、しばらく駆けるともなく飛ぶともなく行くうちに、空もようよう晴れて、あたかも国司などの館のような豪邸に到着した。
 大勢の男女に迎えられて奥へ入るに、内部の造作も家具調度も、その華麗さは言葉に表せない。居並ぶ召使たちを見回すと、友三郎の親しい友人・知人の姿があり、また死んで久しいはずの親族の者もいて、気づくたびにはっと驚かされたが、その者どもは友三郎を見ても知らぬ顔でいるのが、不審この上なかった。
 なお奥の座敷へ行くと、かの桐の人形とおぼしい男が衣冠正しく身づくろいし、妖女とその娘とともに座していた。友三郎夫婦は上座に招かれ、これでもかというほどのもてなしをうけた。酒を汲んでいつしか時が過ぎた。

 夜明けの鐘の音がかすかに聞こえ、鳥が歌う声がすると覚えたときには、夫婦はいつ帰ったともなく我が家の内にいた。
 このできごとに懲りて、友三郎はいよいよ妖女を煩わしく思い、なんとしてもこの一連の怪事を断ち切りたいと、あれこれ考えあぐねた。
 そんなとき、またしても女が現れ出た。友三郎は、女が近くに歩み寄るところを狙いすまして、手元の木枕を顔面にぶつけた。「わっ」という叫び声が枕に響いて、女の姿は消え失せたが、と同時に友三郎の妻は胸の激痛に襲われ、一日一夜を苦しんで死に失せた。
 友三郎はたちまち後悔して、さまざまに祈り、詫びたけれども、もはや女が許しに出てくることはなかった。
 おそろしさのあまり、家を移ろうとしたら、家財道具は言うに及ばず、鼻紙一つさえも畳に吸い付いて離れなかった。あまつさえ、友三郎の妹もまた病みついて、ほどなく死んだのだった。
あやしい古典文学 No.1993