野間宗蔵『怪談記』「国都ト云フ座頭、山ノ神に逢事」より

座頭と山神

 池田備中守が鳥取の領主だったころ、八上郡池田村に、国都(くにのいち)という座頭がいた。名高い琵琶法師で、備中守に召し出されたこともあった。

 あるとき国都は、上方へ向かおうとして若桜街道を行った。峠越えの氷ノ山の山中で日が暮れたので、柴など折り敷き、木陰に寄って一夜を明かそうとした。
 盲人とはいえ、国都は天性肝の太い者だったから、夜更けの深山の静寂に興趣を起こしたのか、琵琶を取り出しはらはらとかき鳴らし、平家物語の一節を朗々と語った。
 すると、向こうの山のほうから誰とは知らず、大きな声で、
「これはこれは、素晴らしい。ありがたく聞かせてもらうぞ」
などとしきりに褒めそやすのが聞こえた。
 国都は『こんな山中に人がいるとは思えない。訝しいことだ』と思いながらも、いよいよ心を澄まして語り続け、語り終えた。
 向こうの山からは、
「もう一節、語ってもらえまいか。願わくば『高野ノ巻』を聞きたい」
と声がする。国都はたやすいことだと、また心を込めて語った。
「まことにいいものを聞かせてもらった。何か礼をしたいと思うが、あいにくよいものがない。せめてこれを……」
と声がして、国都の膝の上に小豆餅十個ばかりが投げ置かれた。食べてみると温かく、今搗いたかのようだった。
「さて、馬を用意した。乗りたまえ。播磨の地まで送ろう」
 国都が不思議に思っているうちに、はや馬を牽いてきたとみえて、間近に鈴の音が聞こえる。礼を言って馬に乗ると、誰か知らないが馬の口を取って歩き始めた。

 ほどなく播磨の戸倉に出た。人家が近くなったのか、人の声がする。
「あれまあ、座頭さんが狼に乗って来るよ。狐に口を取らせているよ」
 その瞬間、国都を振り落として、狼も狐も何処へともなく逃げ去った。
 国都がかくかくしかじかといきさつを説明すると、
「山神のなさったことだろう。昨夜は山神を祭って赤豆餅を供えた。それが今朝には一つ残らずなくなっていた。どうしたのかと思っていたが、そのほうに振る舞われたのか」
と村人たちは話した。
あやしい古典文学 No.1999