大手饅頭

 こいつを食べようと思って、何年も果たせずにきた。おおげさなようだが、本当の話である。

 岡山の饅頭で、だから岡山駅で売っている。
 岡山は、郷里の山陰に帰省の行き帰り、新幹線と伯備線の乗り換え駅だから、そのとき買おうとする。ところが、いつも「ただいま品切れ」となっている。
 たいした人気ではないか。まるで「幻の銘菓」だ。
 考えてみると、私の帰省はたいがい正月だから、ほかの帰省客が土産に大量に買ってしまうか、または、饅頭屋が正月にはあえて生産しないかなのだろう。
 いずれにせよ、何度となく買いそびれたことは確かである。

 なぜ大手饅頭に執着することになったのか。

 この饅頭の名は、内田百フ先生の名作、『阿房列車』シリーズで知った。
 この先生は酒飲みだが、饅頭も食う。岡山の生まれなので、大手饅頭は「時時夢に見る程好き」だ。
 『第二阿房列車』所収の「春光山陽特別阿房列車」では、九州に向かう途中に岡山に停車すると、おさな友達の真さんが現れて、どっさり大手饅頭を渡してくれる。「饅頭に圧し潰されそうだが、大手饅頭なら潰されてもいい」なんて書いてある。
 『第三阿房列車』所収の「列車寝台の猿 不知火阿房列車」でも、岡山で真さんが現れて、大手饅頭をどっさりくれる。それを先生は、まず小倉の旅館の昼の食事に、牛乳・ざる蕎麦とともに食べる。数日後の八代の宿で、酒のあと、残りの十数個を平らげてしまう。

 今年の七月、ついに大手饅頭を買うことができた。
 そのとき撮った写真が、HDDを整理していたら出てきたので、この文章を書いた次第。
 さっそく、車中で食べようとしているところ。
 味はどうだったかというと、まあ、あっさりとおいしかった。「大手饅頭なら潰されてもいい」とまでは思わない。