柏崎幻想

 手元に古い文庫本がある。
 堤玲子『わが闘争』、角川書店から昭和52年(1977)初版。昭和42年に三一書房から出て話題になった小説を、文庫化したものだ。
 私はこの小説を2度買っている。最初の三一書房版は、何かの都合で売り払ったのではないか。二度めの文庫本のほうは度重なる引っ越しを生き延びて、書棚の隅で茶色くなっていた。
 小説のストーリーはまるで記憶にない。そもそも気合で勝負みたいな作品で、展開がどうこうではなかったはずだ。ただずっと、柏崎の海のシーンというか、その表現が鮮烈だったことを覚えていて、この春、ふと柏崎に行こうと思いたったのは、おそらくそのせいだったであろう。

 左の写真は、JR柏崎駅から2つ直江津寄りの青海川という駅に停車中に、車内から撮った海。このときはまだ雲が垂れ込めているが、このあと晴れて、海はまったく表情を変えた。
 海についてはこれだけ。海に託して内面をぶちまけようなどといった気でも起こさないかぎり、ぼんやり見ているだけのことだ。私はべつに、それでも不足はない。

 先の青海川駅近くの丘の上に、幾つかの資料展示館が集まっている。そのうちの「痴娯の家(ちごのや)」は、なかなかのものだった。
 柏崎の雑貨問屋で、昭和30年代まで生きた岩下庄司という人が、60年がかりで集めたという玩具・人形その他もろもろ。収蔵品5万余点といい、とりわけ昔の土人形のたぐいが好きな私には、ぞくぞくするほど面白かった。
 郷土玩具は県別にまとめられていて、右の集合写真は奈良県である(小さくてわかりにくいかもしれないが)。
 下は私が気に入った一体で、ツキノワグマだと思う。

 岩下庄司が集めたものの大部分は、収集されることを目的として作られていない。だから彼の収集物は、収集された時点で活きていた現場から引き離され、ただのモノになってしまう。ただのモノでは感動を呼ばない。
 しかし、ここの場合、収集者の愛着の深さがそれらを活かしている。
 収集物に対する愛着というだけではない。それなら、珍物への興味だけに走る愛好家も見栄っぱりのコレクターも、みな持ち合わせている。岩下庄司の世界には、それら玩具・人形を作った職人や、玩具・人形で遊んだ子供や大人の心への極私的な愛着がたたえられていて、見る者の共感を呼び起こすのである。
 などと言ってはみたものの、要するに私の趣味嗜好に一致したというところが大きいのだが……。

 旅行から帰って、『わが闘争』を開いた。
 とても読めたものではない。やはり時代が違うし、私も若くない。強引かつ無理やりにテンションを高めないと、取っかかりさえつかめそうになかった。
 柏崎の場面はというと、たしかに出てくるけれども、どうしたことだろう、私の記憶にあてはまるような表現は、まったく存在しないのであった。