『古今著聞集』巻第二十「伊勢國別保の浦人人魚を獲て前刑部少輔忠盛に献上の事」より

人のように泣く魚

 伊勢の国の別保というところへ、平忠盛が出かけたときのことである。

 地元の漁民は毎日網を引いていたが、ある日、奇怪な大魚が網にかかった。
 頭は人間のようで、でも歯は細かくて魚そのものであり、一方、口は猿に似て突き出ており、頭部以外は普通の魚の形をしていた。三頭かかったのを二人で背負って運んだが、尾はなお土に引きずるくらいであった。
 その魚に近寄ると大きく叫び、それがまるで人の泣き声のようである。また、涙を流すのも人間と同じであった。

 さすがに漁民も驚いて、うち二頭を忠盛のもとに持っていったが、忠盛は気味悪がって、すぐに漁民たちに返してしまった。
 そこで彼らはどうしたかというと、魚を切り刻んで食べてしまった。食べたけれど、だれにも別状なかった。味は、ことのほか美味であったという。

 人魚というのは、こんなふうなものなんだろうか。
あやしい古典文学 No.3