橘南谿『西遊記』巻之一「榎木ノ大蛇」より

榎木の大蛇

 肥後の国求麻郡(くまごおり)の五日町というところに、知足軒という小さな庵がある。庵の裏はすぐ求麻川で、川端に大きな榎木が生えている。
 その木は、地面から五〜七メートルほどのところで二またになっている。またの間には空洞があって、その中に、年を経た大蛇が棲んでいるという。

 時々大蛇が木のまたに出てくるのを、近辺の人々多数が見ている。ただし、顔を見合わすと病気になることがあるというので、木の下を通る者は、頭をたれて通るのが普通である。

 この大蛇、胴回りは七十〜百センチメートル、体中真っ白である。
 ところが、どうしたことか体長は、わずかに一メートルあまりしかない。たとえてみれば、足のない犬のようで、また、芋虫によく似ているともいう。
 そこで、土地の者はこれを「一寸坊蛇」と呼んでいる。

 昔から、人に直接危害を加えることはないということだ。
 私も、毎度その榎木の下に行って見上げたけれど、あいにく大蛇が出てこなくて、ついに見ることができなかった。
あやしい古典文学 No.6