『古今著聞集』巻第十「中納言伊実相撲腹くじりに合ひて勝ち腹くじり逐電の事」より

中納言 vs.腹くじり

 中納言の藤原伊実(ふじわらのこれざね)は、相撲・競馬が大好きで、学問などまるでしなかった。
 父親で大臣の藤原伊通は、つねに、
「おまえは、もう中納言なのだから、相撲なんかとっていてはいかんぞ」
と、厳しく叱ったけれど、行状はいっこうに改まらなかった。

 そのころ、某という強い相撲取りがいた。対戦相手の腹に頭を押しつけ、グリグリとくじって必ず倒したので、『腹くじり』と呼ばれていた。
 父親の大臣はこの相撲取りをこっそり呼んで、
「息子の中納言が、相撲ばっかりとって困っているのだ。おまえ、対戦して、あいつをくじり倒してくれ。そうしたら褒美をやろう。負けたら命はないから、そう思え」
と申し渡した。

 そして、中納言には、こう言った。
「おまえの相撲好きのことだが、こうしようではないか。腹くじりと勝負して、もしおまえが勝ったら、おれはもう、相撲をやめろとは言わない。だが負けたら、今後、相撲はいっさいやめろ」
 父親の言葉に、中納言は恐れをなしてかしこまっている様子であった。そこに腹くじりが呼び出され、ただちに二人は対戦したのである。

 立ち合い、中納言はなんの工夫もなく、相手の好むままに身をまかせたので、腹くじりは『しめた』と喜んで頭をくじり入れる。すると中納言は、やおら相手のまわしをとって、前へ強く引きつけたので、首がへし折れそうになり、腹くじりは気絶して、俯せに地面に倒れた。
 これを見て、父親の大臣は、がっかりしてしまった。

 腹くじりは逐電した。
 その後はもう、中納言の相撲三昧をとめだてする者はだれもいなかった。
あやしい古典文学 No.7