『十訓抄』第十より

遊女「とねぐろ」の死

 摂津の国神崎の遊女、とねぐろは、男に連れられて九州に向かったが、旅の途中、船が海賊に襲われた。
 彼女は、全身に傷を負い、とても助かりそうになかった。そして、

われらなにしに老いぬらむ
思えばいとこそあわれなれ
今は西方極楽の
弥陀の誓いを念ずべし
(わたしは何をして年を重ねてきたの)
(思えばとても哀しいことばかりね)
(今はただ西方浄土の)
(阿弥陀さまのお誓いにすがります)

と、今様を何度もくり返し唱って、息を引き取った。
 その時、西の方から音楽が聞こえて、不思議な雲がたなびいたという。

 とねぐろは遊女であったから、今様は深く心になじんだ技芸であった。それゆえ、今様を唱うことで往生を遂げたのである。
 この世の煩悩から解き放たれて往生を遂げる方法には、これと決まったものはない。何であれ、自分の心ひかれるものに依って、ひたすら信仰の気持ちを起こしていくということだろうか。
あやしい古典文学 No.8