松浦静山『甲子夜話』巻之三十より

空中人行

 高松侯の嫡子、貞五郎が語ったという。

 幼時、矢の倉の屋敷に住んでいたときのことだ。
 凧をあげて遊んでいると、遥かに空中を飛来するものがある。不思議に思って見ているうち、近くなると、人が逆さまになって飛んでいるとわかった。
 両足は天をさし、首は下になり、衣服はみなまくれて頭や手にかぶさって、はっきりとはわからないが女とおぼしく、号泣する声がよく聞こえた。
 これは、天狗が人を掴んで空中を行くのだが、天狗は見えず、人だけが見えていたのであろう。

 貞五郎だけではなく、傍にいた家臣たちもみな見たということだ。
あやしい古典文学 No.10