『古今著聞集』巻第十六「ある僧説法の導師となり竊に約して尼公を泣かしむる事」より

老尼、大いに泣く

 すこしばかりの地所をもっている僧がいて、人に貸して小作料を取っていた。
 その土地のうちの間口三メートルほどのところを、ある年とった尼が借りていた。

 僧はあるとき、仏供養の導師として招かれた。それで出かけるにあたり、かの尼を呼んで言うことには、
「導師の説法が尊いと、聞いている者は皆、感動のあまり泣くのだよ。もちろん、尊くなければ泣かない。そこで今日の説法だが、だれも泣く者がいなかったら、わしとしても随分きまりが悪い。だから、あんた、わしの説法を聞いて泣いてくれ。これも小作料のうちだと思うがよいぞ」
 老尼は、この僧の説法など聞く気はなかったが、地主からの申し渡しとなれば拒むことができない。しかたなく仏供養の場所へ出かけていった。

 仏事の段取りが進んで、いよいよ導師が高座にのぼった。
 まず鐘を打ち鳴らすやいなや、老尼は泣きだした。
 僧が『わっ、もう泣いてる。まだ全然説法してないのに……。なんて間の悪いやつだ』と、振り返ってジロリと睨んだら、尼は泣き方が足りなくて睨まれたと思って、いちだんと声を張り上げ、わあわあと泣く。

 『これはどうしたことだ』と慌てて、ますます睨んだところ、尼が小さな声で、
「そんなに睨まないでくだされ。たった間口三メートルの地代としては、これ以上ないほど泣いておりますのに」
と言ったので、一座は大爆笑となった。
あやしい古典文学 No.12