橘南谿『西遊記続編』巻之四「豆腐ノ怪」より

豆腐の怪

 薩摩の国の今泉という所で、こんなことがあったという。

 ある朝のこと、こちらの道端あちらの門前と、どこの町内でも豆腐がおびただしく置かれていた。場所によっては、十丁二十丁とうずたかく積み上げて、街道に捨ててあった。その数は数百、いや数千丁の豆腐である。
 最初、人々は自分の家の前だけだと思って、『だれがこんないたずらをしたんだろう』などとつぶやいていたが、そのうち、ここにも、あそこにも、という騒ぎになった。
 こうなると、『これは奇怪なことだ、狐や狸が人を迷わそうというのだろうか』と怖れて、手を触れる人もいない。
 そのうち昼になり、暮れ方になったが、豆腐はそのまま豆腐であって、べつに怪しい様子も見られない。そこで、それぞれ家に取り入れて食べたけれども、何のたたりも起こらなかった。
 その後、近郷の豆腐屋に問い尋ねてみたが、その日、特に多く売ったという店はなく、豆腐がどこから、どういうわけで集まったのか、ついにわからなかった。

 不思議な出来事だったと、今泉の人が私に語ったのである。
あやしい古典文学 No.17