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荻田安静『宿直草』巻三「山姫の事」より |
山のお嬢さま |
ある浪人が、備前の岡山にいたとき、山里に遊んで、そこの猟師から聞いた話である。 あるとき、猟をしに深山に分け入ったところ、二十歳ばかりのおそろしく奇麗な女に、ばったり出会った。まとった小袖の色美しさ、黒髪のつややかさも、この世のものとも思われない。 『人が住めるとは思えない山中に、こんな奇麗な姐ちゃんがいるはずがない』と怪しんだ猟師は、火縄銃を構え、女の体のど真ん中を狙って、いきなりぶっ放した。 すると、女は右手で弾を掴み取り、牡丹のごとくあでやかな唇をほころばせて、にっこりと微笑んだ。 猟師はぞっとした。大慌てで弾を二つこめて撃ったが、この弾も左手でひょいひょいと掴んで、平気でにこにこしている。 『こりゃ、だめだ』と思ったから、一目散に逃げだしたところ、べつに追っかけてくる様子はなかった。 その後、村の年寄りに話したところ、 「それは、山姫というものだろう。気に入った相手には宝をくれたりするよ」 とのことだった。 そんな宝はもらわないほうがいいと思うぞ。 |
あやしい古典文学 No.18 |
座敷浪人の壺蔵 | あやしい古典の壺 |