根岸鎮衛『耳袋』巻の八「狸の物書きし事」より

彼は人類にあらず

 寛政十年、小高助久が甲州に公用で出張したとき、黒沢村の庄屋珍蔵のもとで、狸がかいたという書画を見た。
 いわれを尋ねたところ、それらはある僧がかいたもので、その僧は狸だったのだという。

 彼が狸だということは、みんなが知っていたし、みずからも隠そうとはしていなかった。
 僧として寄付をつのり、鎌倉の建長寺の畳替えを実現したが、その建長寺でも、「彼は人類にあらず」と言っていた。

 人に災いを及ぼすことなく長年あったが、ある年、大磯宿の近辺で、犬に喰い殺されてしまったそうだ。
あやしい古典文学 No.26