松浦静山『甲子夜話』巻之四十八より

琵琶湖の大ナマズ

 この三月の末、琵琶湖に舟を出した近江の漁師が、巨大な黒魚が浮いてきたのを見て銛で突いたところ、にわかに激しく波立って風巻き起こり、湖一面たちまち真っ暗になった。
 漁師はびっくりして、懸命に舟を漕いで逃げ帰り、仲間にそのことを語った。

 翌日、風波がおさまるのを待って大勢で舟を連ねて行くと、はたして、昨日と同様に魚が現れた。これを取り囲んで、数十の銛で一度に突いたので、魚は死んでしまった。
 近寄って見ると、五六メートルはある老ナマズである。

 大網をおろして、やっとのことで陸に引き揚げたのを、付近の金持ちが買いとった。
 このナマズからは、夥しい量の膏(あぶら)が採れたという。また、腹中には髑髏がふたつ、小判が八十枚あまりあったということだ。溺死した人を食べたのだろう。

 従来から、秋の大しけの時には黒いものが湖面に見え、土地の者はそれを黒竜だと言い伝えてきたが、じつはこのナマズだったとわかった。
 かつて好天の時に現れたことはなかったが、今春の気候の異常に加えて世間に病が流行し、地気もその影響を受けているらしく、このナマズも時節外に浮かび上がったのである。

 そういえば、同じころ江戸でも、あちこちの池の鯉や鮒がしきりに水面に浮かび上がっていたものだ。
あやしい古典文学 No.27