根岸鎮衛『耳袋』巻の四「牛の玉の事」より

牛の玉が駆け歩く

 「牛の玉」というのを、寺の開帳などの際に霊宝と称して見せることがある。
 うす汚れた玉で、毛なんか生えている。自然にむくむく動く様子を、人々は不思議だと賛嘆するが、何の役にも立たない代物である。

 隠岐の国には放牧の牛がたくさんいて、佐久間某がそこで、まのあたりに見たそうだ。
 牛が野原に寝ていると、耳の中からか口からかはっきりしないが、径十センチほどの丸い物が出てきて、牛のまわりを駆け歩く。牛飼いがそれを茶碗のようなもので押さえて取ったので、
「何だ?」
と尋ねるに、それこそ牛の玉であった。

 開帳の牛の玉は駆け歩かないけれども、動くところは隠岐の牛のそれに同じである。
 この玉は、牛の腹の中にある生命体なのであろうか。この物を取っても、もとの牛には何の別状もないらしいが…。
あやしい古典文学 No.29