兼好法師『徒然草』第百四十五段「御随身秦重躬」より

桃尻

 近衛府の武官で乗馬の名手の秦重躬(はだのしげみ)は、ある時、北面の武士の下野入道信願(しもつけのにゅうどうしんがん)に、
「落馬の相がありますよ。よくよく気をつけなさい」
と言ったが、だれも本気にしなかった。

 ところが信願は、ほんとに馬から落ちて死んでしまった。
 そこで、その道の達人の言葉は神のごとしだと、人々は思ったのである。

 さて、『落馬の相とは、そもそもどんな相なのか』と人に問われた重躬は、
「あの人は、ころころとしたすわりの悪い尻をしていたね。桃尻ってやつだ。それでいて暴れ馬に乗りたがる。こりゃいつか落ちるぞと思ったから、ああ言ったのさ。わしの言うことに間違いはないよ」
と答えたそうだ。
あやしい古典文学 No.31