『十訓抄』第七より

様子を見てこい

 白河院が鳥羽の離宮におられた時、北面の武士たちに国司の任国下向のまねをさせて、見物しようということになった。
 国司の役は玄蕃頭(げんばのかみ)ひさのり、そのほかの五位の者たちには前駆の役を申しつけた。

 みなそれぞれ華麗な衣装を競う中にも、左衛門尉の源行遠(みなもとのゆきとお)は格別の身仕度をして、『この姿を早々と見られてしまったら、おもしろみがない。行列が始まる直前に出ていこう』と、離宮近くの知人の家に隠れ、従者に、
「行って、様子を見てこい」
と、偵察に行かせた。

 その従者が、待てど暮らせど戻ってこない。
 『どうしてこんなに遅いのだろう。八時くらいには始まるという話だったが。もうかれこれ昼過ぎではないか』と不審に思いつつ、なおも待っていると、門のほうから、
「おお、すごい。いいねえ」
という声が聞こえてきたが、今から参上する者を見て言っているのだと思った。ところが、
「玄蕃頭の国司の姿、すばらしかったなあ」
「藤左衛門は錦を着ていた」
「源兵衛尉は、はぎ衣に金糸の縫いとりだったぞ」
などという話も聞こえてくる。

 さすがに変だと思ったから、大声で呼ぶと、偵察に行った従者がにこにこ顔で戻ってきた。
「いやあ、これほどの見物はありませんよ。これに比べると、賀茂の祭りの行列は整いすぎていて、おもしろくありません。院のお席の前をお通りになっていく様子のすばらしさときたら……」
などと言う。
「それで、行列はどうなった」
「もう終わりました」
「どうして知らせなかったのだ」
「はあ?」
「なんで知らせなかったのかと、聞いているんだ!」
「どういうことでしょうか。『見てこい』とおっしゃったので、私は瞬きもせず、よくよく見てきたのでございます」
 行遠は呆れ果てて、ものも言えなかった。

 白河院はお怒りであった。
「行遠のやつ、さぼりおった。けしからん。捕まえて閉じこめてしまえ」
 それで、行遠は逮捕され、二十日あまりの禁固刑となった。
 その後、院は事情を聞いて大笑いし、刑を許されたという。
あやしい古典文学 No.32