三坂春編『老媼茶話』巻之五「奇病」より

奇病

 寛永年間のこと、相馬の者という年齢四十歳くらいの男が、天寧寺の雑湯にやって来た。
 常に、股引と脚絆をつけたままで湯に入るので、みなが不思議がると、男は、
「私、何の因果か、このような奇怪な病気にかかっているのです」
と言って、股引を脱ぎ、脚絆をはずして、みんなに見せた。

 股から下、向こうずねまで、蛇の頭がびっしりと、五センチから十センチほどの長さで生えている。その数五六十ばかり。
 蛇の頭は目を開き、口をあいて舌を出している。中には目口を閉じて眠っているものもある。人を見て目をいからせ、頭を上げて歯をむくさま、見るからに身の毛のよだつ凄まじさである。

 中に気の強い者がいて、その男に言うには、
「思い切って、やってみてはどうだろう。剃刀をとぎすまし、蛇の頭を残らずそぎ落とすのだ。それであんたが死んでしまっても、まあ仕方ないさ。もし死ななければ幸いではないか」
 男は応えた。
「この奇病、最初は一つだけ股のところに出て、腫れて痛んだのです。それがだんだん増えてきたので、私もたまらなくなって、何度か刀でそぎ落としたのですが、癒りませんでした。それどころか、以前は蛇の頭がもっと小さかったのに、そぎ落とすたびに大きくなるのです。数も増えてしまいます。
 いろいろな神様、仏様に祈り、山伏に頼んで祈祷し、あらゆる願立てや療治を試みましたが、およそ効果はなく、このように苦しみ続けています。諸国の名湯をめぐって湯治するに、最上の高湯とここの雑湯とが効能あるようで、心地も安らぎ、足の痛みもましになります。爛れて腐れ落ちる蛇の頭もあります。でも、それも一時のこと、日が経てばまた生えてきます。もはや、この病気で死ぬしかないのでしょう」

 この男は、その後どうなったのだろう。
 世の中にはさまざまに不思議な病気があるものだ。
あやしい古典文学 No.33