『宇治拾遺物語』巻第十二「陽成院ばけ物の事」より

浦島太郎の弟

 その昔、陽成院の御所は、大宮の北、西洞院の西、油の小路の東にあった。
 そこは、化け物の棲むところであった。

 大池に臨む釣殿で夜番の男が寝ていると、真夜中、細い手が顔をそっと撫でる。
 何者!と、男が太刀を抜きつつ片手で相手を掴むと、それは薄藍色の着物を着た老人で、なんともみすぼらしい姿である。
 老人が言うには、
「私は、昔からここに住んでいる者で、じつは浦島太郎の弟ですのじゃ。ここに住んでもう千二百年になるので、社を造って祭っていただきたい。そうすれば、守り神になってお守りしますぞ」
 男が、
「わしの一存ではできない。院に申し上げることにしよう」
と応えると、老人は突然怒りだし、
「なんだとぉ、ふざけたことをぬかしおって」
と言うや、男を三度、続けざまに蹴り上げ、骨も砕けてよれよれになって落ちてきたところを、大口をあけて食ってしまった。

 最初はただの萎びた爺さんだったのに、急におそろしく巨大になって、男を一口に食ってしまったのである。
あやしい古典文学 No.35