高古堂『新説百物語』巻之五「鼻より龍出でし事」より

鼻から虫

 武州でのことという。

 ある若党が昼寝していると、鼻の穴がこそばゆくなったので、起きて鼻をかんだ。
 すると、鼻から飛虫のようなものが飛び出して、畳の上に落ちた。何だろうと思って、その虫にまくら元の茶碗を伏せておき、また一寝入りした。
 目ざめて虫のことを思い出し、茶碗をのけてみると、随分大きくなって、茶碗いっぱいになっていた。

 主人が話を聞いて、虫を桶に入れて蓋をし、夕方開けてみると、桶いっぱいになっていた。
 今度は大きな盥桶に入れたが、これもたちまちいっぱいになる。
 なんとも恐ろしくなって、明日は川に捨てようと、盥桶のまま庭に出し、蓋に大石のおもしをしておいたが、夜が明けてみると、石も蓋もそのままなのに、虫はどこへいったのか、いなくなっていた。

 まことに不思議である。もしや龍だったのではないかと噂したという。
あやしい古典文学 No.38