『宇治拾遺物語』巻十一「日蔵上人、吉野山にて鬼にあふ事」より

吉野の山の変な鬼

 昔、吉野山の日蔵上人が奥山で修行していたとき、風変わりな鬼に出会った。
 身長二メートルを超える青鬼で、髪は火のごとくに赤いが、首はか細く、肋骨が浮いている一方で腹が出ており、足が細くてひょろひょろしている。そいつが、上人の姿を見ると、腕で顔をおおって激しく泣いたのである。
「うわあ、ぶさいくな鬼が出てきたなあ」
と、 上人もさすがに唖然としながら、
「おいおい、鬼よ。いったいどうしたのだ」
と尋ねると、鬼は泣きながら、こんなことを語った。

「私は、もう四五百年も昔に恨みを残して死に、鬼となった者です。鬼となってから、まず仇敵を恨みにまかせて殺し、その子、孫、曽孫、曽孫の子と、ことごとく殺しました。それで今はもう、殺す相手がなくなってしまいました。殺されて生まれ変わった奴らを、また殺してやろうと思うのですが、生まれ変わり先がわからないので、どうしようもありません。
 憎しみと恨みは相変わらず胸を焦がすばかりなのに、仇の子孫は絶えてしまい、私ひとり、晴らしようのない怒りに悶々としているのです。あんな心を抱いて死んだのでなかったら、極楽や天上に生まれたかもしれないのに、恨みを残したばっかりに、果てしなく苦しまねばならない身となったのが、悲しくてなりません。
 他人に恨みを残せば、結局、我が身を苦しめるばかりなのです。仇の子孫は絶え、わが命は果てしない。ああ、こうと知っていたならば、……」

 鬼は際限なく涙を流して泣き続ける。泣いているうち、頭から炎がちろちろ出てきて、しだいに大きくなった。
 やがて鬼は、燃えさかる頭のままよろよろと、山の奥へ立ち去っていった。
 上人は可哀想に思い、この鬼のために、さまざまの罪滅ぼしのための回向をしたということである。
あやしい古典文学 No.41