高古堂『新説百物語』巻之一「丸屋何某化物に逢ふ事」より

ぬっぺりほう

 最近のこと、京都は三条の西に、丸屋何某という薬種商がいた。

 ある日、仲間の寄合で東山あたりに行き、河原町で酒など飲んでから夜更けて一人、四条通りを西へと帰っていったが、河原で下のほうを見ると、月夜の薄明かりに、乞食とも見えぬ何ものかが蠢いている。
 酒の機嫌で傍に寄ってよく見ると、人の形はしているが、顔とおぼしいところに目口鼻耳すべてない、白瓜の大きさの頭をしたものが、物も言わずに地べたを這い回っているのだった。
 その時はじめて、ぞっと身の毛がよだち、あとも見ず足早に帰った。
 夜が明けてから、友達などにその話をすると、ある人の言うに、『ぬっぺりほう』という化物だとのこと。

 その後また、丸屋何某は黒谷へ商用で出かけて遅くなり、午後八時をまわって二条河原を通った。
 先だってのことを思い出して気味悪く思っていると、河原の中ほどにまた、あの化物がのたくっている。
 足早になって行こうとするところに、するすると這ってきて、裾に取りついた。『これはいかん!』と懸命に振り切り、いっさんに走って……。
 わが家に帰りつき、やっと正気づいて着物の裾を見ると、ことのほか太い毛が十本ばかり付いていた。

 それが何の毛なのか、知っている人はいなかったのである。
あやしい古典文学 No.42