『片仮名本・因果物語』下の十四「破戒の坊主、死して鯨となる事」より

クジラの名は「安隆寺」

 出羽の国の最上川の河口、酒田の近辺の磯に、体長二十メートルあまりの黒い鯨が寄りついた。
 背中に大きな字で「安隆寺」と書いてある。腹には人の両足があって、草鞋を履いている。坊主の道具が一式、やはり腹の中に入っていた。

 人々はあれこれ詮議して、『この名の寺はどこにあるのか』と調べたところ、酒田の町に、たしかに安隆寺という一向宗の寺があった。
 その寺の坊主は人並みはずれて強欲で、好き勝手のし放題だったが、三年前に五十歳過ぎで死んだ。越前の敦賀に向かう船旅の途中、船が難破したのである。
 背に銘がある以上、この鯨は安隆寺の坊主にまちがいない。そうとわかって、鯨を喰う者もなく、油も採らずに打ち捨てられた。

 最上地方や酒田の町の僧侶も俗人もみな、確かに知っている話である。
あやしい古典文学 No.43