根岸鎮衛『耳袋』巻の五「閻魔頓死狂言の事」より

閻魔がトン死

 寛政八年の春時分、閻魔や鬼に化けて人を欺いた者を私の奉行所が逮捕したという話が広まって、たびたび人に尋ねられたので、
「ただの噂です。全然知りません」
と答えていた。
 そころがその冬、一人の客が、虚談であろうと断ったうえで、こんな伝聞を物語った。

 相模の国のある村に老夫婦がいて、一人娘をはなはだ溺愛していたが、その娘、十五六歳で病み煩い、死んでしまった。以来ずっと、夫婦は朝から晩まで悲嘆にくれ、もう目も当てられぬ有様だったから、
「そういう悲しみは、あなたがたばかりではないから」
などと、周囲の者は教え諭したけれども、聞き入れる様子はない。
 村の若い者たちが寄り合って、この話をするうち、中に名主の次男がいて言うことには、
「うまい意見の仕方を思いついたぞ」
 どうするのかというに、自分は鎮守祭りに使う赤頭というかつらを被り、修験者の装束を着て閻魔に扮した。 同じようにして仲間の者も鬼に扮装させ、一同顔を赤や黒に塗って、夜中の二時ごろ、かの老夫婦の家の戸を叩いた。

 夫婦はたいそう驚いて、
「あれえ、どなた様でございますか?」
 そこで閻魔は、
「その方の娘が病死して地獄に送られてきたので、秤にかけて罪を調べたが、いささかの罪もないと知れた。よって、釈尊に連絡して極楽へ遣ることにしたのだが、両親が嘆きうち萎れて、法事もろくろくしないので、宙宇に迷ったまま極楽にたどり着けない。それが可哀想だから、はるばるここまで来て知らせるのである」
 聞いた老夫婦は歓喜の涙を流して、
「ありがたいことでございます。どうして仰せに背くようなことをいたしましょうか。よくまあ、はるばるおいでいただきました。お供え物を差し上げましょうぞ」
と、法事のために用意していた餅を出してきた。
 閻魔も鬼も喜んで食べようとしたが、搗いてから日数がたち、カチカチになっている。それでも、食べないと芝居なのがばれると思い、まず閻魔が一口に食べたところ、喉に詰まってウウウッと呻き、白目を剥いてひっくり返った。
 これは大変! と鬼どもが介抱した甲斐もなく、とうとう閻魔は絶命したので、皆散り散りに逃げ去ってしまった。

 ここに至って老夫婦が騒ぎだし、村長以下村人一同が集まって事の次第を聞くとともに、閻魔の死骸をあらためた。
 顔の墨を洗い落すと、名主の次男である。一緒にいた鬼どもを手分けして捕らえ、彼らの話によって、狂言芝居の内容が判明したのである。

 なにしろ死人も出ていることなので、鬼どもは奉行所の吟味を受けることになったというのだが、その後どうなったであろうか。
あやしい古典文学 No.46