松浦静山『甲子夜話』巻之八より

雷獣の逆襲

 この二月十五日の朝、にわかに雷雨があって、鳥越袋町に落雷した。丹羽小左衛門の屋敷の門だという。
 様子を門番の者が見ていたが、火の塊が落ちると同時に雲が降りてきて、火の塊は雲に入ってまた空に昇ったのだそうだ。

 あとに獣が残っていた。門番が六尺棒で叩くと、獣は走って逃げて門の隣の長屋に行き、またその次の長屋に駆け込んだ。
 長屋の住人が手近なものを投げつけると、獣はその男の顔をバリバリ引っ掻いて逃走し、男は毒気に当てられたかして卒倒した。

 雷の落ちた直後、獣は六七匹もいたようだと、門番は言っている。猫よりも大きく、犬の狆(ちん)みたいで鼠色、腹は白かったということだ。落雷した門柱三本には爪あとが残っていた。

 噂を聞いて野次馬が集まり、ふだん静かな袋町も、たちまち喧騒の巷と変じたのである。
あやしい古典文学 No.48