『宇治拾遺物語』巻十三「渡天の僧、穴に入る事」より

秘密の花園

 昔、中国の僧がインドに旅をした。
 物珍しさにあちこち見物してまわっていると、山に大きな穴があって、牛がそこに入っていく。どうなっているのだろうと、あとについて入ってみた。

 穴の中をずっと行くと、やがて明るい場所に出た。見知らぬ美しい花が咲き乱れ、まさに別世界である。
 牛が花を食っている。
 僧もためしに花の一房をとって食べたところ、その美味なことときたら、天の甘露もかくやと思われるほど。『これはうまい、うまい』と食べに食べたので、僧はすさまじく太ってしまった。

 ぶくぶくに膨れあがった自分の姿に恐ろしくなって、もと来た穴に引き返したが、前には容易に通り抜けた穴なのに、肥満した今は狭苦しく、やっと穴の入口まで辿り着いたものの、そこでにっちもさっちもいかなくなった。もう息苦しくてたまらない。
 すぐ目の前を、人々が行き来している。
「助けてくれえ!」
と叫んでいるのに聞こえないらしく、みな知らぬ顔だ。
 そのまま何日もたって、僧は死んでしまった。

 後には石になって、穴の口から頭を差し出した形であったという。
 三蔵法師がインドに渡った際の日記にも、このことが記録されている。
あやしい古典文学 No.53