上田秋成『膽大小心録』より

神様ずたずた

 美濃の国の人が語った。

 隣村の祭りでは、各戸がお供えの穀物を盛って社前に並べ、おのおのの幸福を祈る。
 神官が大声で祝詞を奏すと、白蛇が現れて供え物を喰らう。喪中などで忌みのある家のは喰わない。
 それを見ていたある家の男児が、にわかに腹を立て、飛びかかって白蛇の頭を殴った。
 白蛇はただちに雲をおこし、空にのぼる。ものすごい豪雨になった。
 男児の親は『なんということを……』と嘆き、かつ怒って、家に連れ帰った。その晩に男児は高熱を発し、三日三晩うなされてからやっと平癒した。

 翌年の祭りでは、この男児の罪をわびるのだと、村じゅうの人がいつもより多く穀物を盛って供えた。
 例によって白蛇が出てきた。この蛇には耳があったが、去年暴行を受けたせいで片方なくなっている。
 蛇が穀物を食いはじめると、また男児が雄叫びをあげて飛びかかった。今度は懐から取り出した刃物で、蛇をずたずたにしてしまった。
 雨雲はおこらず、男児にも別状ない。村人はただ驚愕するばかり。
 親は去年の発熱を思って悲しんだが、日を経ても男児はぴんぴんしていた。

 国主がこのことを聞き、
「勇敢なやつだ。大切に育て、目をかけてやるがよい」
と、村長に伝えたという。
 蛇がずたずたにされたので、以後、祭りは行われなかった。

 インドの神々も日本の神と同じなのだろうか。やはり善悪や正邪の基準が、人間界とは違っているようだ。
あやしい古典文学 No.54