高古堂『新説百物語』巻之三「先妻後妻に喰ひ付きし事」より

先妻は気分が悪い

 江戸のなんとか町というところに、荒物屋を営む男がいた。
 妻を迎えて二三年になったとき、外に妾を囲った。
 それから半年も過ぎると、妻がじゃまになり、なんとか離縁したいと思うけれども、言い出す機会もなく、妻に落度もない。
 どうしたものかと思案の末、店の金銀の貯えをしだいに減らし、諸道具を売り払って、だんだん貧乏になっていくように見せかけ、あるとき妻にこう言った。
「商売に身を入れて稼いできたが、店は苦しくなる一方、もうどうにもいかないようだ。店をたたみ、私は奉公でもしてみようと思う。おまえも、しばらくは屋敷づとめでもするがよい。何としても、末はまたいっしょに暮らそうではないか」

 夫がまことしやかに語るのを聞いて、妻は是非ないことに思い、人に頼んで、ある屋敷へ奉公に出た。
 きっと後から夫も手代奉公でもするのだろうと思っていたのに、一月たっても便りがなく、二月たっても訪ねてこない。
 そんなある日、主人のお供で湯島天神に参詣し、途中、住んでいた町の辺りを通った。
 かつての自分の家は、今はどんな人が住んでいるのだろう、どんな店になっているのだろうと見ると、前のとおりの暖簾をかけ、夫が店で帳簿をつけている。奥から若い女が茶碗を持って出てくると、夫はそれを受け取って茶を飲んだ。
 妻は、どういうことなんだろうと心も沈み、行き帰りの道々、ものも言わずに考え込んだ。
 朋輩の女が不審に思って、
「気分でも悪いのかい?」
と尋ねると、
「そうなの、気分が悪いのよ」
と応え、屋敷に帰るとすぐ、布団をかぶって寝てしまった。

 その夜から、物におそわれたように呻くのであった。しかし、夜が明ければ別に変わりはない。四五日すると、夜のうなされようがいちだんと激しくなり、昼間も寝込むようになった。
 ある夜中過ぎ、いつになく騒ぐので、皆が集まって部屋に行ってみると、右手に女の髪を百筋ばかり握ったまま、狂気の姿で気絶していた。水など飲ませて介抱し、やっと息を吹き返したのである。
 その翌晩は、宵の口から狂騒状態になった。看病の朋輩も疲れ果てて寝ていた午前二時ごろ、身の毛のよだつような凄まじい声で騒ぐ。皆が目を覚まして見ると、口のはたを血まみれにし、恐るべき形相で絶息していた。
 またも介抱の末によみがえったが、今度ばかりは、夜中であるにもかかわらず、そのまま奉公を世話した人のもとに送り帰された。

 後の噂では、荒物屋の後妻は夜分、寝入ったところに怪しい女が来て、喰い殺されたということである。
あやしい古典文学 No.58