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西村白烏『煙霞綺談』巻之四より |
滝壺のぬし |
三河の国の吉田から四里北に東上村というところがあり、その村から北に七百メートルほど行くと、本宮山から流れ落ちる大滝がある。高さ十五メートル、滝の下の谷底は草木繁茂して昼なお不気味に暗く、滝壺は水渦巻いて、とても人が近寄れるところではない。 そこからまた三四メートルほど落ちる滝があって、大滝に対してこれを雌滝という。この滝の壺もずいぶん深い淵になっているが、東上村の六左衛門という者は水泳の達人で、いつも雌滝の滝壺に潜って魚を獲っていた。 享保年間のある年ある日、いつものように滝壺に来て鮎を獲ろうとしたとき、水がにわかに激しく波立った。 しばらく様子を見ていると、淵の中から巨大な黄牛が湧いて出た。角を振り立てモーモーと吠え猛り、六左衛門めがけて突進してくる。 豪傑の六左衛門だったが、武器がなくては戦いようもないと、一目散に逃げて家に帰った。 帰るやいなや、六左衛門は高熱を発し、熱にうかされてウワゴトを吐きちらしたあげく、三日目に死んでしまった。 滝川の深淵ならば大蛇でも出てきそうなものなのに、なんで場違いな牛なんかが出てきたんだろう。淵のヌシだったのではあろうが……。 |
あやしい古典文学 No.60 |
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