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橘南谿『東遊記後編』巻之五「床下の声」より |
おれはボタ餅 |
越前の国、鯖江の近くの新庄村で、百姓の家の下に何物かがいて、人の言うことを口真似するのであった。 家の者はたいそう驚き、床板をはいで調べたが、何もいない。また床をふさぐと、やっぱり口真似する声が聞こえる。 やがて村じゅうの噂になり、若者たちが毎晩大勢やって来て、いろいろのことを言う。すると、床下ですべて真似る。ところが、 「おまえは古狸だな」 と言ったところ、これはそのまま真似ずに、 「狸じゃない」 と言う。 「そんなら狐だろう」 「狐でもない」 「猫か」 「ちがう」 以下、イタチ、河童、カワウソ、モグラなど、いろいろな名をあげたが、どれでもない、と言う。しまいに、 「それじゃあ、おまえはボタ餅だろう」 と言うと、 「そうとも。おれはボタ餅だ」 と応えたので、一同みごとにズッコケた。 それからは『ボタ餅おばけ』と異名がつき、近隣の大評判になったのである。 このことが城下まで知れて、役人が大勢で調べに来た。 役人たちは一晩その家にいたが、なんの声もしない。役人が帰った翌晩からはまた、声が復活していろいろのことを言う。 その後も何度か役人が来たけれど、その晩に限って何も言わない。結局、そのまま打ち捨てておかれることになった。 一月ばかりして、何の声もしなくなり、この怪事は終わった。 なんのせいで始まり、どうして終わったのか、すべてわからないままであった。 |
あやしい古典文学 No.62 |
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