『宇治拾遺物語』巻第十三「出雲寺別当、父の鯰になりたるを知りながら殺して食ふ事」より

親父のナマズ汁

 京都の北の「上つ出雲寺」という寺は、建立されて年久しく、修理されないままにお堂も傾いてしまっていた。
 住職は上覚といって、先代の住職の息子である。代々の住職が妻帯して、その子が住職を受け継いできたのであった。住職がそんなだから、寺が衰え、建物も壊れて荒れはてていくのも道理である。
 その昔、伝教大師が唐の国で天台宗の本山とすべき地を選んだ時、高尾、比叡山とともに、この上つ出雲寺の地も候補に上ったが、『他にまさって結構な場所だが、僧の修行が乱れるおそれがある』ということで、選ばれなかった。それほどの由緒ある場所なのに、すっかり落ちぶれてしまっている。

 さて、住職の上覚は、ある夜、夢を見た。
 父親の先代住職がたいそう老いぼれて、杖をついて出てきて言うことには、
「よう、わしじゃ。おまえの親父だ。今夜はおまえに頼みがあって、出てきたのだ。
 わしは今、この寺の屋根瓦の下の雨水の溜まりに、体長一メートルのナマズになって棲んでいる。狭いし暗いし水も少ない。難儀なことじゃ。
 ところが、あさっての昼過ぎに大風が吹いて、このボロ寺は倒れてしまう。寺が倒れると、わしは水溜まりごとこぼれ出て、庭を這い歩く。するとガキどもが見つけて打ち殺そうとするから、おまえ、助けてくれ。そして、賀茂川に放してくれればありがたい。広々とした川で暮らせば、もう心細い思いをせずにすむ。琵琶湖に入ってのんびりもできるというもんだ。
 くれぐれも頼んだぞよ」

 翌朝、こんな夢を見たよ、と家族に話し、どういうことなんだろう、などと言い合っているうちに、その日は暮れた。
 その次の日、正午ごろからにわかに空がかき曇り、おそろしい強風が吹きはじめた。人々は急遽、家を補強したりして慌て騒いだけれども、風はいよいよ激しさを増し、村里の家をすべて吹き倒し、野山の竹や木を折り倒して吹き荒れた。
 寺は、夢の話のとおりに午後二時ごろに倒壊した。柱が折れ、棟木も折れて、完全に潰れてしまった。すると、屋根裏の永年の雨水が溜まっていたところに、大きな魚がたくさん棲んでいたのが、どっとこぼれ出てきた。

 近所の者たちが桶を手に、魚を捕まえようと大騒ぎする。そのさなか、これまた夢のとおり、一メートルあまりの大ナマズが懸命にじたばたして庭を這い、上覚の目の前にやってきた。
 上覚はナマズが肥え太っているのに我を忘れ、手にした鉄杖をブスッとナマズの頭に突き立て、自分の長男を呼んで、
「見ろ、やったぞ!」
と得意顔。しかし、なにしろ大きな魚が暴れるので、そのままでは捕らえられず、結局、草刈鎌で鰓をかき切って殺し、ものに包んで家に運び込んだ。

 家では女房が、
「あら、このナマズ、あなたが夢に見た魚じゃないの。どうして殺したのよ」
 それを聞いて上覚は、ああ、そうだった、と思い出したが、もう仕方がない。
「おれはしょうがないヤツだな。ま、しかし、よそのガキに見つかったら、どのみち殺されたんだから……」
などと言って、
「赤の他人でなく、かわいい孫の太郎、次郎に食べられるのだから、さぞや嬉しくお思いであろう」
とばかり、ぶつ切りにして煮て、一家で食ったのである。
「いやあ、うまい。ただのナマズではないからなあ。先代住職の肉なればこそだ。さあ、お前たち、この汁もすすってみろ。ううむ、たまりまへんなあ」

 ところが、夢中で食べているうちに、大きな骨が喉に刺さった。ゲエゲエと呻くばかりで骨は取れず、苦しんだ末に、上覚は死んでしまった。
 その後、妻は忌み怖れて、ナマズを食べなくなったという。
あやしい古典文学 No.69