根岸鎮衛『耳袋』巻の九「執着にて悪名を得し事」より

噂の眞相・其ノ弐「眞相」

 市ヶ谷あたりに住まいする旗本某の伯父は、いたって愚かな性質で、屋敷の長屋に住んで甥に養われていた。年は中年を過ぎるくらいの男であった。
 屋敷の門前の町家に五六歳の愛らしい女の子がいて、この男がわが子同然にかわいがっていた。町屋の両親もずいぶんと心安くし、娘もわが家よりその男のところで遊ぶほうが多いほどだった。

 ところが、文化六年の夏、男が近在に所用あって出かけ、五六日後に帰ってみると、女の子は痘瘡を患って死んだのだという。
 男の嘆きはひととおりでなかった。寺も隣家であったから、こっそり墓地にしのび込み、亡骸を掘り出して抱きしめると、声をはなって泣いた。

 近隣の者はその愚かさを嘲笑して、世間に語り広めた。
 噂として広がるうちに、いろいろな作り話が付け加わって、ついには作り話ばかりが事実のように語り伝えられたのである。
あやしい古典文学 No.80