『今昔物語集』巻第二十「財に耽りて娘を鬼の為に啖ぜられ悔ゆる語」より

謎の求婚者

 その昔、山和の国の十市郡に、きわめて裕福な人が住んでいた。
 娘が一人いて、これがたいそう美しく、とても山和の田舎者とは思えない。まだ嫁いでいなかったので、近辺のしかるべき身分の者たちが競って求婚したが、両親はけっして承諾しなかった。
 そうして何年かが経った。
 ここに一人の男が現れて、強引に求婚してきた。例によって断ったところ、男は贈り物として、莫大な宝を車三両に積んできた。それを見た両親は欲心に目がくらんで、ついに娘との結婚を許した。

 結婚の日と定めた吉日に、男がやって来て、娘と二人で寝室に入り、交接した。
 その夜遅く、寝室から、
「痛い、痛い」
という娘の悲鳴が三度ばかり聞こえてきた。しかし両親は、
「初めてだから、ずいぶん痛いのだろう」
などと言いあって、そのまま寝ていた。
 夜明け前に男が帰って、やがて夜が明けたが、娘がなかなか起きてこない。
 母親が起こそうと声をかけても、いっこうに反応がないので、おかしいと思って近寄って見ると、そこにはおびただしく血が流れて、娘の頭と指だけが残っていた。
 両親はこれを見て、泣き悲しむこと限りなかった。

 男から贈られた宝を見ると、たくさんの馬や牛の骨であった。そして、宝を積んでいた三両の車は山椒の木であった。
あやしい古典文学 No.85