『曾呂利物語』巻之四「座頭、変化の物と頭はり合ひの事」より

どつきあって遊ぼう

 奥州の戸地(へち)の里に、高隆寺という山寺がある。
 寺へは昔、ある座頭が常に出入りしていたが、いつのころからか行方知れずになった。その後、新たに立ち寄るようになった座頭二三人も、それぞれ四五日ほどで行方不明になり、以後ずっと、座頭が来ることはなくなっていた。

 あるとき、『りゅうばい』という座頭がこの話を伝え聞き、知人に、
「わしをその寺に連れていってくれ」
と頼んだ。
「いやいや、しかじかのことがあって、座頭は行かない寺だ。やめたほうがいい」
と言っても、是非とも頼むというのであった。
 この座頭は、背が高くて筋骨隆々、力は四五人力という男だったが、兜の形をした石の鉢をもち、大まさかりの柄をつめたのを琵琶の箱に入れて、先の知人を案内に、高隆寺に乗り込んだ。

 住職の僧は非常に喜び、
「この寺は、どういうわけか知らないが、座頭が行方不明になると言い伝えられている。だが、それは昔のことだ。このごろはべつに何事もないから、安心されるがよい。愚僧がこうしているからには、怪しいことなどあるものか。さあ、久しく『平家』を聞かないから、一句語ってくれよ」
と言う。
「心得ました」
と『平家』を三句語ると、もう夜も遅いから、連れてきた知人は帰っていった。

 座頭は、
「お話し相手になりましょう」
などと言って、夜ふけすぎまで話をしながら横になっていた。
 すると、住職は戸締まりを厳重にしてから、こう言った。
「さて、今夜は退屈だから、何か慰みになるようなことをしよう。頭のどつきあいをして遊ぼうではないか」
「それはいちだんと面白そうですな。では、最初はどっちがどつきますか」
 しばらく思案して、住職が、
「まず愚僧をどつけ」
「いや、それでは恐縮ですから、最初はわしが受けましょう」
 そこで、
「受けてみよ!」
と住職が拳を握って殴りかかるのを、座頭は兜の石鉢をかぶって待った。
「くらえ!」
と一撃。兜ごしに殴られたにもかかわらず、座頭は床に打ち倒された。

 しばらくは目が回り、半ば気絶状態だったが、やっとのことで気を持ち直し、
「いやあ、たいへん効きました。では、恐れながらわしも一発お見舞い申しましょう」
「では、ここに居るぞ」
と、住職は待ち構える気配。
 このとき、座頭がつくづく思うには、『この者はよもや人間ではあるまい。たとえ何者であれ、こんな怪物を生かしておいても仕方がない』
 そして、持参の大まさかりをそっと取り出すと、
「えいやっ!」
と自慢の馬鹿力で打ちかかり、さんざんに打ちのめして殺してしまった。

 そうして夜が明けるまで待って、内から戸を叩いて呼ぶと、寺の小坊主がやって来た。
 小坊主が見ると、子牛ほどもある大猫であった。口は大きく裂け、尾は幾筋もに分かれた、とんでもない化け猫である。
 猫は以前の僧を食い殺して、住職に化けていたのであった。
あやしい古典文学 No.91