三坂春編『老媼茶話』巻之壱「温会」より

江州の怪虫

 中国の江州でのこと。
 温会という人が客と連れ立って、漁師が水に潜って魚を獲るのを見物していた。

 突然、一人の漁師が岸に這い上がって、狂ったように走り回った。どうしたのかと尋ねても、ただ手を背中に回して指差すばかりで、ものも言えないありさまだ。
 漁師の背中が黒っぽい。よく見ると、何かが背中に取りついている。朽葉色で大きさは三十センチかそこら、表面にびっしりと、幾つとも知れぬ眼がある。
 そいつが背中に噛み入って、どうしても離れない。

 温会はついに、これを焼かせた。表面が焼けて取れると、一つの眼の裏ごとに嘴があって、釘のように肉に刺し入っているのがわかった。
 結局そのせいで、漁師は大量の血を流して死んだのである。

 何という虫なのか、知っている者は誰もいなかった。
あやしい古典文学 No.92