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高古堂『新説百物語』巻之四「人形いきてはたらきし事」より |
人形に慕われて |
諸国修行中の僧が東国を旅していて、日が暮れたので、ある野中の一軒家に宿を頼んだ。 あるじは年老いた女で、娘とただ二人で暮らしていた。 麦飯などを出して、寝させてくれたが、夜ふけてから老女が、 「これ、むすめ。人形を持っておいで。湯浴みさせよう」 と言う。 僧は『おかしなことを言うものだ』と思って、眠ったふりをして様子をうかがっていた。 納戸から二十センチほどの大きさの裸人形を二つ、娘が持ってきて、老女に渡した。大きな盥に湯をとって、その人形を入らせると、人形は人間のように動いて、自由に水の中を泳ぎ回る。 僧はあまりの不思議さに、起き直って老女に尋ねた。 「それは、どういう人形ですか。さても面白いものですな」 「この婆が作ったものです。二つあるので、欲しければ一つあげましょう」 これはよいみやげになると思って、風呂敷包みに入れて一礼し、翌日、僧はその家を出立した。 二キロほども行ったところで、風呂敷包みの中から人形が、 「父ちゃん、父ちゃん」 と呼ぶ。 「なんだ」 と応えると、 「向こうから来る旅の男は、そこでつまずいて転ぶよ。何でもいいから薬をやったら、お礼に金子を一分くれるんだ」 そう言ううちにも、向こうから来た男は俯けにこけて、どっと鼻血など出している。 僧があわてて介抱して薬などを与えると、旅人は心づき、金子を一分取り出して、くれようとする。辞退したが、是非にと言うので受け取った。 またしばらくして風呂敷の中から、 「父ちゃん、父ちゃん。あの旅の者は馬から落ちるよ。薬をやると、銀六七匁くれるから」 そう言ううちに、なるほど、旅人が馬からどてっと落ちたではないか。 あれこれと介抱してやると、たしかに銀六七匁をくれる。 僧はなんとなく恐ろしくなって、人形を風呂敷から取り出すと、道端に捨てた。 ところが何度捨てても、人形は人間のように立ち上がり、 「もう父ちゃんの子になったんだから、ぜったいに離れないよ」 と追いかけて来る。 その足の速いこと飛ぶがごとくで、たちまち追いついて僧のふところにもぐり込むのであった。 変なものを貰ってしまったと思いつつ、その晩また、ある家に宿を借りたが、気になって寝つけぬまま、夜分にそっと起き出して、宿の亭主に相談した。 亭主は、 「やりようがあります。明日、人形を笠に載せて川端にゆき、裸になって川に入るのです。腰まで水のあるところにきたら、ずぶずぶと浸かって溺れる真似をしながら、笠を流しなさい」 と教えてくれた。 次の日、教えられたとおり、深くはない川の流れに浸かって笠をそっと脱ぐと、笠に載ったまま人形は流れてゆき、その後は何事もなかったという。 |
あやしい古典文学 No.94 |
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