橘南谿『東遊記』巻之五「大骨」より

「大骨」考

 奥州を旅したとき、南部領の宮古近辺の海岸に、ある暴風雨の翌日、長さ一メートル半を越す人の足首が一個、流れ着いた。肉はただれているけれども、指なんかはまだちゃんとついている。
 最初、魚かとも思われたが、人の足に相違ない。
 どうしてこんなに大きいのかと、あたりに住む人々は驚き怪しみ、もっぱらの噂となった。

 南半田村の「大骨」は有名だが、ほかに村の神社に神体として祭られているものにも、やたらに大きい骨がある。古い墓を掘ると大きな頭蓋骨が出てくるなど、奥州ではよく聞くことだ。西国や北陸などでは、まず聞くことはない。
 奥州ではこんな骨を、頼朝の頭蓋骨、田原の又太郎の頭、さらには昔の鬼神の骨などと呼ぶのだが、よくよく考えてみるに、そんなことがあるはずはない。昔の人も今の人間とだいたい同じ体格のはずで、名高い人だからといって、極端に大きかったりすることはありえない。

 万国図を想起するに、日本の数千万里も東のかなたに、巴大温(はだいうん)という国がある。俗にいう大人国で、その国の人は身の丈十数メートルに及ぶという。
 かつて、オランダ人が諸国をめぐる航海の途中、この国にいたり、水を補給するために上陸したが、砂浜に一メートル半ほどの足跡があったので、恐れて逃げ帰ったという話がある。
 また、その国に漂着して帰ることのできた者はいないということだから、日本の東方に大人国があって、その国の人は身の丈十メートルはあるというのは、きっと本当なのだろう。

 奥州の海岸にばかり大骨があり、西国や北陸に例がないことから考えると、かの巴大温の漁船が転覆して、死んだ漁師の骨が、昔から日本の東海岸に流れ着いて、それを怪しみ恐れて神に祭ったり、丁寧に埋葬したりしてきたのだと思われる。
 今度の南部領の大きな足も、かの国の者の死体が漂流するうち、大波に足がちぎれて、風雨にもまれつつ日本の海まで流れてきたのであろう。

 北方には小人国があり、身の丈一メートルに足りないという。だとすれば、南に大人国がないとはいえない。
 ただ、そこの人は極端に大きく、人情も他の国とは大いに異なるために、いまだその国に通う路は開けず、詳細はいっさい知れないのである。
 近年、オランダ人が万国を航海し、さまざまな国と通商するようになっているから、いずれは大人国も知られることになるのではないか。
あやしい古典文学 No.100